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教会の礎は聖書である。ルター派の教会では会堂を建築するとき、あるいは定礎式の際に、聖書を建物の下の土に埋める習慣がある。教会の礎が聖書であることを象徴的に行うのであるが、これは単なるパフォーマンスではない。教会の信徒の群れの誰もが、教会においては聖書の教えを基盤とし、また人生においてもそれを礎として生きなければならないからである。これが大前提である。
使徒言行録には、教会の誕生の歴史がより具体的に記されている。今日こそ全世界に20億近くものキリスト者が存在するが、しかし教会が誕生したころは、わずかな数十人であった。私たちの教会と何も変わらない規模から宣教の歴史が始まったのである。では彼らは何をしたのであろうか?
まず彼らは、日ごとに集まったと書いてある。とにかく、一ヶ所に集まったことが繰り返し記されている。そこで祈りと賛美を共にし、イエスの教えと行いを思い起こしたのである。今日ほど時間に追い立てられることもない時代であったかも知れないが、いずれにしても彼らは定期的に、もう一つの家族を築いたのである。だからそこでは一緒に食事をすることも多かったのだろう。誰もが家族の一員でいることが当然のように、日ごとに、あるいは安息日ごとに教会に帰って来て、礼拝を共にし、そして食事を囲む。家の掃除と片付けを行うように、教会でも自分の家と同じように責任をもって手足を動かしたのである。
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