牧師室より


神のまなざし
冬に咲く花
 春と夏に咲く花があれば、花を咲かすための準備をその季節にする花もある。教会の庭の山茶花(さざんか)がそれである。秋につぼみを大きくしていった山茶花が、寒い冬に咲いている。春や夏の間はただじっとして、蜂や蝶たちに蜜を与えたり人目を楽しませる役割を、他の草花に譲っていたかのようだ。他の草花が咲き終わるときを見計らい、いま自分の出番を待ちわびていたかのように見える。


山茶花の詩
 山茶花は日陰にも適する花であるせいか、その花の華やかさとは対照的に、人目を忍んで咲く印象がある。数々の誌画集で知られる星野富弘さんが、山茶花の誌を作っている。
ふと 誰かが見ているような気がして
くるま椅子をまわすと
そこに 小さな花が咲いていた


神のまなざしが
 星野さんは山茶花の花に、神のまなざしを重ね合わせたのであろう。冬には、ほとんどの木や花は眠りにつく。それゆえに、自分を見つめる花の存在を私たちはしばしば忘れてしまう。まして神様のまなざしはなお更ではなかろうか。
 人目を忍んで咲く山茶花は、神のまなざしを道行く私たちに知らせるために、静かに私たちを見つめているのかも知れない。

2004年1月13日

 教会の庭の山茶花


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