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| クリスマスの思い出 |
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私のクリスマスの思い出は少年時代にさかのぼる。小学校1年生のときである。年に一回だけお腹一杯ケーキを食べられるイブは、仏教徒の我が家でも特別な夜であった。母がケーキを切り分けようとしたとき、外でけたたましいサイレンの音が響いた。火事である。慌てて外に飛び出し空を見上げると、火の粉で恐ろしいくらいに真っ赤になっている。我が家から数百メートルも離れた工場の火事であったが、何棟もある建物を全焼するほどの大火であった。楽しいはずのクリスマスイブが、一転して火の粉の恐怖を植えつけられた暗い夜となってしまった。
そしていまクリスマスを覚えるとき、子供のときに見た恐ろしい火の粉は姿を変え、様々なところで巻き上がっているように思える。その一つがイラクの国である。偶然ではあるが、この度イラクで犠牲となった外交官の一人は、私が幼いときに暮らした町の出身者であった。私がイブの日に故郷で見た恐ろしい火の粉が、いまイラクの国に暮らす人々や、そこで人道的な支援に当たっていた邦人の若者に襲い掛かったのかも知れない。痛ましいことである。 |
それぞれの平和への思い |
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クリスマスの光と影。聖書はそれを光と暗闇と呼ぶ。そして今日は、それを平和と戦争と呼んでよいのかも知れない。聖書は「暗闇は光を理解しなかった」(ヨハネ1:5)と記し、その光が暗闇に勝利したと告げている。死から甦り、死に勝利されたイエスの復活はそれを意味している。しかしながら、この地上にはいまだ平和は実現せず、戦争の嵐が猛威を奮おうとし、暗闇が光を飲み込んでしまっているように見える。
この地上に平和を築くために、どうすべきなのであろうか? 私たちの国は過去の戦争の体験から、国民全員が平和の尊さを痛感し、世界中のどの国民よりも武器を作ることやそれを用いることに神経をとがらして来た。戦後半世紀に亘るその精神の積み重ねが、ようやく世界中の国から認知されて来たのではなかったろうか。しかしそのような尊い精神は、凄惨な戦争の体験をした人々がこの世を去ってゆくに従い、重みを失い、風化し始めた。そして2年前の9月11日のニューヨークのテロ事件を契機にして、尊い精神も吹き飛ばされようとしている。それに採って代わろうとしているのは、強国に追従し、武力をもって平和を実現しようとする国を後押しする精神である。
きっと平和への思いは誰でも同じであろう。好んで戦争を起す者はいない。それは私たちの国の政治家とて(いや他国の政治家も)同じである。しかしどのようにすれば平和がもたらされるのか、その考え方は異なっている。
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イエスが教えた平和の道 |
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では聖書はどう教えているのであろうか? イエスはご自身の十字架を前にして、エルサレムの町を見つめ、涙を流しこう言われた。
| 「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら・・・・。しかし今は、それがお前には見えない」(ルカ19:42) |
つまり、平和への道は「わきまえた」道と、そうではない道があることをイエスは説かれたのである。まことの平和への道を目で見える形で教えるために、イエスはエルサレムの町にろばの子に乗って来られたと聖書は記す。このことを旧約聖書は、神の子イエスは「戦車や軍馬を絶つ」(ゼカリヤ9:10)ために、ろばの子に乗って来られると預言したのである。ろばの子は戦う武器とはならず、非力である。軍馬に比べ見劣りし、人々の嘲笑を浴びる。しかしそれが「わきまえた平和への道」であるとイエスは教えてくださった。
イエスがお生まれになった時代と現代とは戦術は異なり、武器も格段な違いがある。しかし平和への道は同じであり、一つであると思う。にも拘らず、人類はしばしば「わきまえた」道が見えなくなり、イエスの教えから遠く離れた平和への道を選択してきた。それは教会の歴史も例外ではない。偽りの平和はただ怨念と憎悪を蓄積したに過ぎない。そしていま、私たちの国は「わきまえた平和への道」を再び見失おうとしている。
クリスマスを前にして、私たちは、神の子イエスの誕生が「わきまえた平和」を告げ知らせるためであったことを確認したいと思う。そのことを羊飼いたちに知らせるために、飼い葉桶にお生まれになったイエスの誕生を、天使たちはこう賛美して言った。
| 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」 |
この地上にはいまだまことの平和が実現せず、むしろ脅かされている。イラクの国、エルサレムの町で。日本の国で、私たちの暮らす街で。私たちの家庭や自分自身にも、日々平和を攻撃するものが満ち溢れている。だから私たちはこのときに、まことの平和を覚えるものでありたい。今年のクリスマス、「わきまえた平和への道」を近くの人に伝え、それを共に賛美するものでありたいと思う。 |
2003年12月8日 |