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| 正宗白鳥の生涯 |
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「あなたはキリストを信じますか、と私は正宗さんにたずねました。すると正宗さんはとぎれとぎれにこう答えられました。私は大変悪いことばかりしてきたが、キリストがそれを許して下さったので、みもとにゆけます。・・・・そして、私がお祈りすると、正宗さんは最後の力をふりしぼって、アーメンと言われました。」(1962年朝日新聞より)
これは明治から昭和にかけて生きた作家、正宗白鳥の葬儀のときに語られた牧師の説教の一部です。正宗は18歳のときに洗礼を受けたものの、4年後には教会から離れてゆくのです。しかし死を間際にして再び信仰を回復したのです。正宗83歳のときでした。 |
人の帰るところ |
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この正宗の回心は当時の話題となりました。再びキリスト教へ戻って来たからです。この正宗の人生の劇的な幕引きを読み、人間にとって帰るところがあることほど幸いなことはないのではないかと思うのは私だけでしょうか?
心から安心して、信頼と感謝をもって、自分のすべてを委ねることの出来る方をもっているということ、これほど幸いなことはないのではないかと。 |
幸いな人生を求めて |
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どんな人生が幸いなのか? きっと誰もが自分なりに考え、理想を抱くことでしょう。しかし幸いな人生を夢見つつも、「私は幸せな人生を送っている」と、迷いなく断言できる人は少ないことでしょう。私自身の日々の体験からも、「何もかもが順調で、幸せな人生です」とは中々言えない現実があることを認めざるを得ません。
家庭や教育、人間関係の崩壊が叫ばれ、地球規模の環境破壊と食糧不足が益々深刻となっている現代。日本経済の復興の見通しはいまだ立たず、そこで犠牲となっている勤労者の苦悩は計り知れないものがあります。「幸いな人生」という言葉さえ見出すことが困難になっています。
だからこそ教会の扉は、幸いな人生、納得のいく人生、自分の道を求めている人のために開かれています。門を叩くあなたを、イエス・キリストはやさしく迎え入れてくれることでしょう。 |
2003年4月30日 |