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いまイラクの国で戦争が展開されています。そしてこの戦争の是非について、日本国内に留まらず、世界中でも意見が大きく分かれていることは周知のことです。特に戦争の是非についてフランス、ドイツがアメリカと意見を異にしたことは、戦後初めてのことだと言われています。これまでどちらかと言えば、「とりあえず欧米の意見に従っていれば無難である」と考えてきた多くの日本人にとって、その欧米の間で意見が割れていることは、私たちの判断を益々迷わせている原因となっています。
では教会はどう考えているのか? 新聞等に掲載されているように、アメリカのブッシュ大統領は実に敬虔なクリスチャンであるようです。ですから彼の戦争への判断が、実に教会の信仰的なものであるかのように受け取られがちです。でもそれは誤っていると言わなければなりません。事実インターネット情報によりますと(3月27日掲載)、ブッシュ大統領が所属している教会はこの戦争に反対しているようです。事実米国を含めた世界中のキリスト教会の多くがこの戦争に反対していますが、中には賛成している教会があることも偽りのない事実です。
教会は政治的な運動を展開する集団ではありませんが、しかしいま起こっている様々な出来事に対して、絶えず聖書が教える視点から考えて行こうとする群れだとは言えるでしょう。それはイエス・キリストの教えと言い換えることができるのです。イエスは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました。また剣を取った一人の弟子を「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」と諭されたのです。
戦争が起こるまでには実に複雑な歴史があり、背景があることは言うまでもありません。そのようなことを知らずにただ「戦争反対」と叫ぶことを揶揄する人々がいることでしょう。でももっとも大切なことは、イエスの教えから出発するという視点だと思います。少なくとも、教会に集う群れはそう考えているのです。
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「平和を求める祈り」
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わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を
疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところによろこびをもたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように
わたしたちは与えるから受け、ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に 永遠の命をいただくのですから
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| 「アッシジの聖フランシスの祈り」から |
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