牧師室より


フィンランドを訪ねて( II )

礼拝堂の船

 見学した礼拝堂の多くに共通していていたことのひとつが、「船」の模型が吊り下げられていたことでした。しかも礼拝堂の後ろにひっそりというより、参列者の誰もの目に入るように、前方に高さ3メートルほどの高さに吊られていました。ドイツでも海辺の都市の教会に見られる光景ですが、日本人の私たちには新鮮でした。漁師や船乗りたちが、航海の安全を祈願するためのものであることは明らかでした。
 この光景とは少し異なりますが、長崎の漁師たちが港から発つときに、岩場のマリア像に頭を垂れ、安全を祈願しているテレビの映像を思い起こしました。
 私たちの教会の礼拝堂にそのようなものを設置することが相応しいかどうかは別として、「キリスト教の土着化」という視点から見れば、人々の生活に密着し、日常的なことの祈りや願いに、私たちの教会がどれほど応えているのだろうかと自問させられる光景となりました。



教会と戦死者

 ヘルシンキから北東へ500キロ、カルヴィア教会の広い敷地内には、墓地の一角がありました。欧米の教会では見慣れた光景ですが、しかしそれはフィンランドの教会の特徴の一つであることが分かりました。一般の人々の墓地は教会の敷地外にあるからです。そこにあるのは、戦争で命を落とした兵士たちの墓でした。つまり、国のために命を捧げた若い兵士たちが特別に、教会の敷地内に埋葬されていたのです。
 これが国教会(キリスト教を国の宗教と認定している)の特徴とも言えますが、もうひとつの国教会制度をもつドイツでは見られない光景でした。日本の教会ではあり得ないことですし、このことは靖国神社が一手に引き受けていることは言うまでもありません。
  個人的な見解ですが、キリスト者が靖国神社を積極的に参拝することは賛成しかねますが、しかし国のために犠牲となり、命を捧げた若い兵士たちのことをどう覚えるのか、日本の教会はいつまでも口を閉ざしていてはいけないのであろうと考えさせられた光景でした。


2010年8月31日

「牧師室より」:過去ログ




牧師紹介 牧師 立山忠浩
立山 忠浩
1954年生まれ。
2年間社会生活の後、日本ルーテル神学校に入学し、
1985年に牧師となる。
赴任教会は、宇土・松橋教会(熊本)、三鷹教会、
そして現在の東京池袋教会に至る。
趣味は山登り(残念ながらしばらくお休み状態)、
スポーツとニュース番組を見ること、古本屋巡り。